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[beat] Bite'n Eat All the Thing.
コト・モノ・トレンド味わい尽くす雑食系Web Strategist「@turbo10」が社会の「ポリリズム」化について論じてみたりみなかったり。
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日刊・世界の広告クリエイティブの更新停止に思う。
2010.08.02 Monday | by turbo10
学校の先輩でもあり、会社の先輩でもある@mochikazさんの「日刊・世界の広告クリエイティブ」が先日の更新を持って、更新停止(終了)となった。
そのニュースを知ったのは、Twitter経由での@kikuikenさんのTweet。
Twitterが最大の情報収集プラットフォームになっている事を実感する。
かつてはRSSリーダーに自分の興味のあるジャンルのブログを片っ端から放り込み、出社後のメールチェックが終わってから会議が無ければ片っ端から読み漁るというのが、情報収集のルーティン作業だった。
Twitterを始めたのが2007年だから、これってほんの数年前のこと。
だんだんとTwitterのユーザーが増えて、ソーシャルフィルタリングとしての精度が向上していくにつれ、RSSリーダーへの依存は減退していき、iPhone以外で読む事は殆どなくなってしまった。
ブログを書かなくなった事の理由については多数の著名ブログで語られているから今更こんなblogの残骸で語るまでも無い事だが、なんにせよ、このCMS&Linkシナジーをオーサリングしたblogというツールが新鮮で「超」有益である時期は過ぎたって事なんだと思う。
なんでブログを止めてしまうのか、半ば問い詰め気味に突っかかった僕に、@mochikazさんはいつもと変わらず飄々した口調でこういった。
「もっともっと、みんなで楽しく、広告を題材に話したり議論したりできると思ってたんだよね。」
@mochikazさんは僕なんかよりよっぽど広告を愛していて、広告の力はこんなもんじゃない、もっともっと皆が広告という最高のコンテンツで楽しく有益に会話をして、ガンガンシナジーがうまれて、Happyになれるようなステージが作りたかったのかもしれない。
@mochikazさんのように書けないから止めるというストイックさを僕はBlogに持ち合わせていない。だらだらと気長に思った事を書きなぐって更新頻度なんて数ヶ月に一本程度。
それでも、徳力さん程力強く断言できるわけじゃないけど、僕もblogに人生救われたって類の人間なんだとは思ったりしている。
なによりブログは僕に色々な人との繋がりを提供してくれた。
広告という仕事は自分の人生がそのまま武器になる仕事だと常々思っている。
売り物が無いこの業種は自らが産み出すアイデアや、ソリューションが収益の基盤(にまだなっていないのが広告業界の問題点だけど)となるべきなわけだから、それ即ち、それを創発する人間力が重要なわけで。その人間力を上げる一番端的な方法は、人と会話をする事だと僕は思っている。
自分の知らない事を知っている人、自分の拙い理論にも新しい発見を見出してくれる人、叱咤激励してくれる人、間違いを正してくれる人、新しい可能性を運んできてくれる人、悩みを相談してくれる人、怒りをぶつけてくれる人、真剣に議論してくれる人。
人と接点を持ち、自らのコミュニケーション能力と知識を総動員して会話をすれば、それだけで自分に足りないところ、自分が得意な分野が見えてくる。
だからこそ僕は色々な人と出会って、話をする機会を作ろうと、色々なセミナーや交流会やイベント、その他諸々に顔を出して会話をするように心掛けてきた。
広告系のセミナーは勿論のこと、Japan Blogger Conferenceとか、無敵会議とか、RTCとか、広告系ブロガー総会とかは本当に鮮烈な経験を与えてくれた。
そこには超優秀な先輩・同期・後輩が沢山いて凹まされる事が殆どだったけど、その都度学ぶ事も多く、今の自分を形成する事が出来たのは、本当に沢山の友人・仲間と出会えたからだと思っている。
そういう繋がりを生んでくれたのがブログだった。
今の自分にとって、Twitterはそんなブログが新鮮だった当時の役割を担ってくれている。
140文字しか書けない分、不完全燃焼で直接会って話したくなる所とかも、なんだか自分にとっては心地よいのかもしれない。
「Twitterが今後数十年間のコミュニケーションの基盤となる存在かどうか、まだ僕にはわからない。これが決定版じゃないって事だけは感じるんだよね。」
@mochikazさんの言葉には僕も同感だ。
だからきっと@mochikazさんが自分がブログで満足できなかったステージを築くに値するモノを見つけた時、また、楽しくて勉強になる「日刊・世界の広告クリエイティブ」は復活するんじゃないかと思っている。
3年前の情報取捨選択方法が既に過去のものとなり、今後3年間でもきっと劇的な変化が僕達の身の回りで起こるのは間違いない。
今はデバイスとソフトウェアのシナジーで瞬間的に革命が起きてしまう様なコミュニケーションにとって、不安定な時代。
もしかしたらブログだってまた何か違う役割を持って、更に受け入れられる存在になるかもしれない。
この劇的な変化の真っ只中で僕は@mochikazさんと同じ局に異動になった。
先輩が見ている未来と、僕が見ている未来は同じかもしれないし、違うかもしれないけど、また色々話し込んで色々学んで、このインダストリーに対して何かインパクトを与える事が出来るように頑張ろうかなとか思ったりしている。
そんな事書いてないで寝ろよみたいな日曜日のAM3:30。
寝付けない勢いに任せて。
おわり。
そのニュースを知ったのは、Twitter経由での@kikuikenさんのTweet。
Twitterが最大の情報収集プラットフォームになっている事を実感する。
かつてはRSSリーダーに自分の興味のあるジャンルのブログを片っ端から放り込み、出社後のメールチェックが終わってから会議が無ければ片っ端から読み漁るというのが、情報収集のルーティン作業だった。
Twitterを始めたのが2007年だから、これってほんの数年前のこと。
だんだんとTwitterのユーザーが増えて、ソーシャルフィルタリングとしての精度が向上していくにつれ、RSSリーダーへの依存は減退していき、iPhone以外で読む事は殆どなくなってしまった。
ブログを書かなくなった事の理由については多数の著名ブログで語られているから今更こんなblogの残骸で語るまでも無い事だが、なんにせよ、このCMS&Linkシナジーをオーサリングしたblogというツールが新鮮で「超」有益である時期は過ぎたって事なんだと思う。
なんでブログを止めてしまうのか、半ば問い詰め気味に突っかかった僕に、@mochikazさんはいつもと変わらず飄々した口調でこういった。
「もっともっと、みんなで楽しく、広告を題材に話したり議論したりできると思ってたんだよね。」
@mochikazさんは僕なんかよりよっぽど広告を愛していて、広告の力はこんなもんじゃない、もっともっと皆が広告という最高のコンテンツで楽しく有益に会話をして、ガンガンシナジーがうまれて、Happyになれるようなステージが作りたかったのかもしれない。
@mochikazさんのように書けないから止めるというストイックさを僕はBlogに持ち合わせていない。だらだらと気長に思った事を書きなぐって更新頻度なんて数ヶ月に一本程度。
それでも、徳力さん程力強く断言できるわけじゃないけど、僕もblogに人生救われたって類の人間なんだとは思ったりしている。
なによりブログは僕に色々な人との繋がりを提供してくれた。
広告という仕事は自分の人生がそのまま武器になる仕事だと常々思っている。
売り物が無いこの業種は自らが産み出すアイデアや、ソリューションが収益の基盤(にまだなっていないのが広告業界の問題点だけど)となるべきなわけだから、それ即ち、それを創発する人間力が重要なわけで。その人間力を上げる一番端的な方法は、人と会話をする事だと僕は思っている。
自分の知らない事を知っている人、自分の拙い理論にも新しい発見を見出してくれる人、叱咤激励してくれる人、間違いを正してくれる人、新しい可能性を運んできてくれる人、悩みを相談してくれる人、怒りをぶつけてくれる人、真剣に議論してくれる人。
人と接点を持ち、自らのコミュニケーション能力と知識を総動員して会話をすれば、それだけで自分に足りないところ、自分が得意な分野が見えてくる。
だからこそ僕は色々な人と出会って、話をする機会を作ろうと、色々なセミナーや交流会やイベント、その他諸々に顔を出して会話をするように心掛けてきた。
広告系のセミナーは勿論のこと、Japan Blogger Conferenceとか、無敵会議とか、RTCとか、広告系ブロガー総会とかは本当に鮮烈な経験を与えてくれた。
そこには超優秀な先輩・同期・後輩が沢山いて凹まされる事が殆どだったけど、その都度学ぶ事も多く、今の自分を形成する事が出来たのは、本当に沢山の友人・仲間と出会えたからだと思っている。
そういう繋がりを生んでくれたのがブログだった。
今の自分にとって、Twitterはそんなブログが新鮮だった当時の役割を担ってくれている。
140文字しか書けない分、不完全燃焼で直接会って話したくなる所とかも、なんだか自分にとっては心地よいのかもしれない。
「Twitterが今後数十年間のコミュニケーションの基盤となる存在かどうか、まだ僕にはわからない。これが決定版じゃないって事だけは感じるんだよね。」
@mochikazさんの言葉には僕も同感だ。
だからきっと@mochikazさんが自分がブログで満足できなかったステージを築くに値するモノを見つけた時、また、楽しくて勉強になる「日刊・世界の広告クリエイティブ」は復活するんじゃないかと思っている。
3年前の情報取捨選択方法が既に過去のものとなり、今後3年間でもきっと劇的な変化が僕達の身の回りで起こるのは間違いない。
今はデバイスとソフトウェアのシナジーで瞬間的に革命が起きてしまう様なコミュニケーションにとって、不安定な時代。
もしかしたらブログだってまた何か違う役割を持って、更に受け入れられる存在になるかもしれない。
この劇的な変化の真っ只中で僕は@mochikazさんと同じ局に異動になった。
先輩が見ている未来と、僕が見ている未来は同じかもしれないし、違うかもしれないけど、また色々話し込んで色々学んで、このインダストリーに対して何かインパクトを与える事が出来るように頑張ろうかなとか思ったりしている。
そんな事書いてないで寝ろよみたいな日曜日のAM3:30。
寝付けない勢いに任せて。
おわり。
Coca-Cola "Happiness Machine"に思うアテンション争奪戦の限界。
2010.02.12 Friday | by turbo10
コカコーラが最近実施したキャンペーンなのかな。
YouTubeでも200万PVに届きそうな勢いで視聴数を増やしている、"Happiness Machine"のFilmを見た。
普通にCokeを買おうとしている人たちの身に起こる様々なHappiness。
うわさがうわさを呼び、ベンダーの周りは黒山の人だかり、ベンダー君が次はどんな事をしてくれるのかと皆が期待に旨を膨らませているさまは、とっても美しいBuzz Upのように見える。
2005年からCocaが実施しているグローバルキャンペーン「The Coke side of life」のCF
「Happiness Factory」もベンダーの中で繰り広げられる奇跡の積み上げにより排出される一本のCoke。というストーリーラインで構成されており、Cokeを手にする事で受けるかもしれない何かしらの恩恵というフワフワした付加価値"イメージ"を視聴者に抱かせる。
2007年に全社勉強会で行ったプレゼンテーションで、僕はこれからの広告を
『Dig Interest to Sustainable Hospitality.』
であると定義づけた。
「継続的な御持て成しを可能にする為に興味関心を掘り起こさなければならない。」
広告はブランドと生活者を繋ぐ媒介として上記のような作用を求められる。
興味関心の掘り起こすのが『名』で、継続的な御持て成しが『実』。
ただ興味を引くだけの派手な打ち上げ花火はダメだし、狭小な世界で細々とやり続けるのも寂しい。
心根に響いた人と長期的な絆作りを目指したStrategyを組み上げるのが、これからの広告会社の役目だと思っている。
この定義の頭文字をとると『DISH=料理』。
もはや「広告」は生活者が自分で作り出して、UGCとしてメディアにのせる事も可能な時代。
我々広告会社は生活者も可能な事をより高品質なクリエイションとサービスを持って展開しなければならない。
家で作れる料理をレストランで出していたらそのレストランは間違いなくつぶれてしまう。
いかにしてプロとしての矜持を築き上げるか。
なんて事を考えてここ数年広告と真剣に向き合って来ているつもりなんだけど、なんだかこの一年でアテンションエコノミーも極まれりな感じがあり(twitterの登場が一番の要因なのかな)、ちょっとこの"Happiness Machine"の動画を見て、なんだか考えさせられた。
生活者の興味関心を掘り起こす為に、あの手この手の表現手法を手を変え品を変え。
かといって、ブランデッドユーティリティという言葉に収束されるのもなんだか違う気がして。
邪魔じゃない存在として、利便性を持って受け入れられる存在になれば良いのかも知れないけど、なんだかそれしか生き残る道が無いならば、到底現広告業界を支えきるような礎は築けそうも無いし。
ソーシャルメディアという『何か』の箱が開いたのなら、その中に入っている『希望』を早く見つけないといけない。
YouTubeでも200万PVに届きそうな勢いで視聴数を増やしている、"Happiness Machine"のFilmを見た。
普通にCokeを買おうとしている人たちの身に起こる様々なHappiness。
うわさがうわさを呼び、ベンダーの周りは黒山の人だかり、ベンダー君が次はどんな事をしてくれるのかと皆が期待に旨を膨らませているさまは、とっても美しいBuzz Upのように見える。
2005年からCocaが実施しているグローバルキャンペーン「The Coke side of life」のCF
「Happiness Factory」もベンダーの中で繰り広げられる奇跡の積み上げにより排出される一本のCoke。というストーリーラインで構成されており、Cokeを手にする事で受けるかもしれない何かしらの恩恵というフワフワした付加価値"イメージ"を視聴者に抱かせる。
2007年に全社勉強会で行ったプレゼンテーションで、僕はこれからの広告を
『Dig Interest to Sustainable Hospitality.』
であると定義づけた。
「継続的な御持て成しを可能にする為に興味関心を掘り起こさなければならない。」
広告はブランドと生活者を繋ぐ媒介として上記のような作用を求められる。
興味関心の掘り起こすのが『名』で、継続的な御持て成しが『実』。
ただ興味を引くだけの派手な打ち上げ花火はダメだし、狭小な世界で細々とやり続けるのも寂しい。
心根に響いた人と長期的な絆作りを目指したStrategyを組み上げるのが、これからの広告会社の役目だと思っている。
この定義の頭文字をとると『DISH=料理』。
もはや「広告」は生活者が自分で作り出して、UGCとしてメディアにのせる事も可能な時代。
我々広告会社は生活者も可能な事をより高品質なクリエイションとサービスを持って展開しなければならない。
家で作れる料理をレストランで出していたらそのレストランは間違いなくつぶれてしまう。
いかにしてプロとしての矜持を築き上げるか。
なんて事を考えてここ数年広告と真剣に向き合って来ているつもりなんだけど、なんだかこの一年でアテンションエコノミーも極まれりな感じがあり(twitterの登場が一番の要因なのかな)、ちょっとこの"Happiness Machine"の動画を見て、なんだか考えさせられた。
生活者の興味関心を掘り起こす為に、あの手この手の表現手法を手を変え品を変え。
かといって、ブランデッドユーティリティという言葉に収束されるのもなんだか違う気がして。
邪魔じゃない存在として、利便性を持って受け入れられる存在になれば良いのかも知れないけど、なんだかそれしか生き残る道が無いならば、到底現広告業界を支えきるような礎は築けそうも無いし。
ソーシャルメディアという『何か』の箱が開いたのなら、その中に入っている『希望』を早く見つけないといけない。
世界中で歌う「All you need is love」
2010.01.06 Wednesday | by turbo10
スターバックスが推進しているチャリティの一環として行われた世界中でビートルズの「All you need is love」を歌うプロジェクト。
最近、「あなたがこれを買うとそのうち幾らがどこどこに寄付されます」ってのが多すぎて食傷気味。
チャリティ活動ってお仕着せとか無理強いになった瞬間に反動で嫌悪感が増大するけど、みんなで楽しく歌を歌って世界中に問題の認知拡大を行うこのキャンペーンは、誰もが参加可能な「一肌脱ぐ感」が心地よい。
